真実信心を獲信して極楽往生治定したい方、そして、信心決定した方のために

毎日の浄土真宗

二河白道

信を取った方のために、善導大師様が、すばらしい比喩を残してくださっています。

「2つの河の間の白い道」の比喩です。

『観経疏』という書の中に出てくるのですが、『観経疏』は、常人には書くことのできない、とてつもない註釈書です。

このような素晴らしい書を読めてしまう、漢文の文化にも、感謝致します。


はじまり

すべての信を得た方に申し上げます。今ここにひとつの比喩を説き、邪見を持つ方、真実信心持たない方々から、弥陀の信心得た方を守りたいと思います。


南の河

南には、火の河があります。この河は、怒り・憎しみの河です。

怒りと憎しみが、炎となって燃えています。


北の河

北には、水の河があります。この河は、欲の河です。

欲しがる気持ち、執着の気持ちが、大波となって荒れています。


両河の深さ、限り無し

西を目指していたところ、この河にあたりました。

どこまでも、南北に続き、ここから南には炎、北には水の不思議な河です。

ちょうど、両方の河がぶつかっているところに出たのです。

目の前で、火と水がぶつかり合います。

向こう岸まで、100m、深さは、限りがありません。


白道

よく見ると、この両河がぶつかっているところに、幅10cmくらいの、細い、白い道があります。

しかし、この道の上には、南からは炎がかぶり、道を焼いています。

北からは水がその上をさらっています。


群賊・悪獣

旅人は、群賊・悪獣に、追いかけられていたのです。

逃げながらも西を目指していたところ、この河にぶつかりました。


旅人のつぶやき

「ああ、もう、今日死ぬのだ。引き返せば、群賊・悪獣にやられてしまう。川岸に南北に逃げても、悪獣・毒虫が襲ってくるだろう。西に向かってこの白い道を行けば、水にさらわれ、火に焼かれ、河に落ちてしまうだろう」


足を踏み出そうとする

「いや、いずれにしても死ぬのであれば、私は前に進もう。目の前に、この白い道があるではないか」

旅人は、一歩を踏み出そうとしました。


両岸からの声

そのとき、旅人の耳に、東の岸から、声が聞こえてきたのです。

「そうだ、そうやって心を決め、この道を進むのだ。死ぬことは無い。とどまれば、むしろ死んでしまう」

釈尊の声でした。

すると、西の岸からも、喚ぶ声が聞こえます。

「一心に、こちらに来るが良い。私が、あなたをしっかりと護ろう。水にも火にも、落ちることを恐れる必要は無い」

弥陀の喚ぶ声でした。


旅人、しっかりする

二尊の声を聞いた旅人は、心も身体もシャキッとして、しっかりとした足取りで、一歩を踏み出しました。もう、何も恐れるものはありません。


群賊等の喚ぶ声

すると、今度は後ろの岸から声が聞こえます。群賊等の声です。

「おーい、悪いこと言わないから、帰ってこーい。危ないぞー」

しかし、旅人の心は、揺らぐことがありませんでした。


東の岸

群賊等が残る東の岸は、娑婆の火宅を表します。


西の岸

西の岸は、極楽浄土です。


群賊・悪獣

群賊・悪獣は、五感の感覚です。


無人空きょうの沢

広い荒野を逃げてきたのは、悪知識に会うばかりで、善知識に会っていなかったことを示します。


二つの河の間の白い道

煩悩の燃え盛る炎と荒れ狂う波を残したままで、衆生の心に生まれる清浄の願往生心です。


釈尊の声

釈尊は、お経を通じて、この白い道を歩めと勧めていらっしゃいます。


群賊等の喚ぶ声

別解・別行・悪見人等、己の心で間違った教えを言い、お互いに惑わせ合い、自らも罪を作っている人々です。


弥陀の喚び声

弥陀の本願です。


西の岸に至りて、善友に会ってよろこぶ

永らく流転から抜けること叶いませんでしたが、釈尊のおすすめにより、弥陀のまねきにより、弥陀の願力の白い道を歩みて、ついに極楽浄土に生まれるをもって、弥陀に会って慶喜すること限り無し。


毎日より

釈尊の声は、六字の謂れに結実します。弥陀の喚び声は、真実信心をくださいます。


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