讃嘆・味わいなど

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●No.30
7
非公開の男性

↑7様宛にメール
[ 849 ] しあわせ。 2009/05/21 (Thu) 01:16 △up ▽down
毎日様、皆様、お久しぶりです。

日々、これでもか、これでもか、と「幸せ」が押し寄せてまいります。
ありとあらゆる人が、擦れ違う人までもが、自分を助けてくれます。

自分が得た、もしくは得たであろうもの、それはどういうものか、どういうことか、信後の一年間で、随分といろんな味わいを得たように思います。
これからも、生きていけばいろんな味わいを知る事になるのだな、と思いました。
街角で、ついついピースサインで笑顔になってしまう、そんな時もあります。
あいかわらず、波乱万丈な日々ではありますが、楽しんでいる自分がいます。

かつて龍樹菩薩は有無の見を砕破されましたが、やはり人間は有と無しか理解できない存在のようです。
仏は、涅槃は、有でもなく、無でもない。仏という存在は、存在ではない。
言葉だけでは理解できなかったことの味わいが深まったり変化していくのは、
南无阿彌陀佛という仏智のおかげなんだなあと、勝手に思っています。

南无阿彌陀佛

●re.1
毎日
url 非公開の非公開

↑毎日宛にメール
[ 850 ] Re1:しあわせ。 2009/05/21 (Thu) 01:33 △up ▽down
7様

うれしいお知らせ、ありがとうございます。

この道は、本当に不思議な道ですね。

なぜ、信じることができたのか、私もよくわかりませんが、おかげさまで、しあわせなことが増えました。

味わいは、まさに味わいであって、ひとりのしのぎであっても、厳しい道ではない感じがします。

南无阿彌陀佛

●re.2
7
非公開の男性

↑7様宛にメール
[ 855 ] Re2:しあわせ。 2009/05/23 (Sat) 01:34 △up ▽down
毎日様

ありがとうございます。毎日様に巡り会えた不思議、幸せに、感謝しています。

HPのタイトルも本当に素敵ですね。
「毎」は毎日様が日々走っている姿、「日」がちょうど西の世界から飛び出す「どこでもドア」のように、僕には見えるのです。
その光は間違いなく阿弥陀仏の無碍光だと、タイトルの写真に重なる姿から勝手に連想しているのです。

この道に巡り会えた喜びを、感謝の気持ちを、ご報告申し上げます。

南无阿彌陀佛

●re.3
7
中部の男性

↑7様宛にメール
[ 916 ] 趣味。 2009/07/19 (Sun) 23:30 △up ▽down
最近の趣味は、生きること、です。

特技は、幸せであること、です。

そう、これは頂いた信心のおかげなんだと考えると、なるほどと思うのです。

いつも、阿弥陀仏はなぜ人々を救うのか、不思議でした。
もちろん、仏の慈悲があるからなのでしょうが、それでも、なぜ、なんのためにと、思ったこともあるのです。
こんなことを書くと、叱られるかも知れませんが、最近はこう思います。
僕を助けることが、趣味だったんだと。
趣味なんだから、好きでやるのです。誰の命令でもなく、義務でもなく、それで何か実利があるわけでなくても、楽しくてすること、喜びに満ちた行為なのだと。
とても、とても有難いことでした。

南无阿彌陀佛

●re.4
菩提心
非公開の非公開
[ 918 ] Re1:趣味。 2009/07/20 (Mon) 07:51 △up ▽down
7様

>趣味なんだから、好きでやるのです。誰の命令でもなく、義務でもなく、それで何か実利があるわけでなくても、楽しくてすること、喜びに満ちた行為なのだと。
>とても、とても有難いことでした。

きっと救われたわたし達も、趣味だから、楽しんでやれているんだと思います。

趣味だから、ぜんぜん強制されなくて自由なんだと思います。

ここで書いていると、御同行の方々と触れ合っていられる。

毎日様のお陰だと、わたしはいつも感謝です。

どこにいても、いつも繋がっている思いがします。

7様、しあわせそうで嬉しいです。

南无阿彌陀佛

●re.5
ボン
関東の男性
[ 919 ] Re2:趣味。 2009/07/20 (Mon) 11:51 △up ▽down
7 さま、はじめまして(でしょうか?)

>最近の趣味は、生きること、です。

「趣味は生きること」・・・詩的で、味わい深いお言葉ですね。
「信をいただいた」という思いが、そう言わせるのでしょうか。

私も、「信をいただいた」という思いからなのか、
人生が軽くなったような気がいたします。
「相対化された」というんでしょうか。

たいていのことが、さほど深刻に感じられなくなりました。
仕事も含めて、すべてのことを“遊んでいる”ような感覚です。
遊ぶといっても、決していい加減にやっているわけではないんですが。

7 さまも、ひょっとしたらそんな感覚なのかなと、勝手に想像しています。

南无阿彌陀佛

●re.6
7
中部の男性

↑7様宛にメール
[ 1014 ] RE 2009/11/10 (Tue) 20:25 △up ▽down
返信ありがとうございます。とても遅筆ですが、たまに覗いているのです。

菩提心さま

 同感です。この場を維持管理していただいている毎日様に感謝しています。

ボンさま

 多分はじめましてです。(?)

 そうです、不思議な軽さです。この軽さで高田純次のような笑える男になりたいと思います。

南无阿彌陀佛

●re.7
菩提心
非公開の非公開
[ 1015 ] Re1:RE 2009/11/11 (Wed) 14:27 △up ▽down
>菩提心さま
>
> 同感です。この場を維持管理していただいている毎日様に感謝しています。

お久しぶりです。

お元気そうで何よりです。

不思議な軽さ。

イイですよね。

何にもしなくてもいいし、

何だか一生懸命やっても、

どっちころんでも、しあわせコース歩んでいる見たいです。

世の中には素晴らしい人が一杯いるんだなって感じた1週間を過ごせました。

毎日様のお陰で、このHPでお話出来るって本当に有難いです。

それでは又の機会まで。

ごきげんよう。

南无阿彌陀佛

●re.8
唯物信者
海外の男性

↑唯物信者様宛にメール
[ 1172 ] うらやましい!です 2011/05/30 (Mon) 01:12 △up ▽down

7様/皆様

シャボン玉のようなすぐ壊れる幸ではなく、阿弥陀様からお墨付きの永久の幸福
これこそ、古今東西、人類が追い求めてきた<青い鳥>ですね。

私も早く今の<唯物>の名前を変えていただきたい。
難しく、理性/理論/学説/知識で捕らえようとするので、<青い鳥>は逃げていくのか?

自分は赤子で、母親は阿弥陀様
本能/慈愛/知恵で、何も解らない赤子が母親の胸にすがるように、私も阿弥陀様にすがればいいのでは?

この宇宙内で阿弥陀様だけが自分を守って頂ける---それ以外にあるでしょうか?
「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、万のこと皆もってそらごと、たわごと、真実あることなきに、ただ念仏のみぞ、まことにておわします」

以上このように思うようになりつつあります。



南无阿彌陀佛

●re.9
ボン
東京の男性
[ 1173 ] Re1:うらやましい!です 2011/06/02 (Thu) 02:28 △up ▽down
唯物信者様、こんばんは。

メーテルリンクの「青い鳥」は、あまりに有名ですが、私は読んだことがありません。
しかし、あらすじは、なんとなく聞いてわかっています。チルチルとミチルの兄妹が、
幸福を招くという青い鳥を求めて放浪の旅に出て、結局は、青い鳥をつかまえることがで
きずに、疲れ果てて夢からさめると、家で飼っていた薄汚れたハトが青い鳥になった、
というお話ですよね。

西洋のお話ではありますが、とても示唆に富んでいるような気がします。これを、仏法に
当てはめてみると、仏となる方法(輪廻から逃れる方法、悟りを開く方法)を知るために、
仏典を隅から隅まで研究し、そこに説かれているようにありとあらゆる行を行っても、
結局のところ何も得られず、疲れ果てて夢から覚めたら、実は、ウダツの上がらない隣の
オジサンが「いともたやすく仏になる方法」を知っていた、というようなことに喩えられ
るような気がします。(少し強引かもしれませんが^^)

理性・理論・学説・知識を総動員して悟りを得ようとするから、つまり“難行道”を歩も
うとするから、凡人が簡単に仏になる方法、つまり“易行道”を見失い、そこからどんど
ん遠ざかってしまうわけですよね。“青い鳥”ならぬ“易行道”は、逃げていくわけでは
なく、「いつでもこい」と待っているのだけれども、そこから自分の考えで遠ざかって
しまうのではないかと思います。

「親はできの悪い子供ほどかわいい」とよくいいます。それと同じように「阿弥陀様は、
行も満足にできないボンクラが気になってしょうがない」のだそうです。そのボンクラの
ためにこそ、“易行道=他力の法”があるのではないでしょうか。

>何も解らない赤子が母親の胸にすがるように、私も阿弥陀様にすがればいいのでは?

まったく、おっしゃるとおりだと思います。すがる、たのむ、お願いする、帰する、
頭をからっぽにしておまかせをする、言うことを聞く、などといったようなことですよね。

南无阿彌陀佛

●re.10
中部の男性

↑7様宛にメール
[ 1182 ] Re2:うらやましい!です 2011/06/27 (Mon) 12:44 △up ▽down
唯物信者様、ボン様、メッセージありがとうございます。

 あれから3年、やはりこの信心は不思議だとしか言いようがありません。

 長い間求めさまよっていましたから、そのことを思い出すと、本当に良かったと嬉しく思い、安堵いたします。

 お気遣いありがとうございます。

南无阿彌陀佛

●re.11
7
中部の男性

↑7様宛にメール
[ 1184 ] Re3:うらやましい!です 2011/10/24 (Mon) 10:30 △up ▽down
それにしても自分の中では予想外の驚くべき若さで獲信の身とならせていただけたわけですが、
臨終に獲信するようなイメージを持っていた私は、その後も人生が残されていたことに戸惑っていました。

さてさて、すぐには浄土参りはさせていただけないようだ。
獲信した人々が早く極楽参りを願って皆自殺したという話も聞かないし、
それどころか長生きする方も多いという。一体どういうことだろう。
確かに、苦しみだらけの人生の、根底の何かが変わったような感じではあるのだけれど、
人としての残された人生をどう歩むか。ずっとずっと悩みつづけていました。

それがようやくスッキリし、魂と心と体がようやく一体になったような、自分自身が自然そのものになったような感じでいます。
この穢土の中でも自身の幸せを感じることを、自分に対して許すことにしたからです。

これも心光常護の益のおかげかな、と勝手に解釈しています。

毎日毎日、朝から晩まで愉快な気分で楽しく過ごしてもいいんだと、自分を許すことが出来るようになったのも、本当に不思議なご縁だと思うばかりです。ただただ不思議です。

南无阿彌陀佛



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