浄土真宗の教義について

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●No.96 admin 
毎日
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[ 669 ] 御恩報謝の南无阿彌陀佛 2008/07/05 (Sat) 03:36 △up ▽down
御恩報謝の南无阿彌陀佛は、本当に人生を良くすると思います。

弥陀に感謝して、南无阿彌陀佛。

南无阿彌陀佛、南无阿彌陀佛・・・

六字には、すべてがこもれるが故に、究極の行だと思います。

南无阿彌陀佛

●re.1
愚老
北陸の男性
[ 672 ] Re1:御恩報謝の南无阿彌陀佛 2008/07/05 (Sat) 12:41 △up ▽down
遠い昔から、妙好人と言われる人々は多く居られますが蓮師様の時代は涙せずには語れない尊いお方が、蓮師の弟子で本光坊了顕様のように火中に飛び込んでご恩報謝、又以前訊ねました。
大津・堅田にある光徳寺「堅田源兵衛由来」の寺である。
浄土真宗の中興の祖といわれる蓮如は、衰微していた親鸞の教えを再興し民衆に広めた。
しかし、比叡山の僧衆はこの繁昌を阻止せんと京都大谷の御坊を焼打ちしてしまった。その時蓮如様は、開山の親鸞像を護り、一時三井寺に預けて越前国に難を避けた。そして13年後、京都山科に壮大な本願寺が建立され、三井寺にあった親鸞像を移し念願の報恩講となった。ところが、三井寺は像の引渡しを拒んだ。蓮如は再三の引渡しを懇願したが、ついに三井寺は次のような条件を出してきた。「人間の生首二つと引換えに像を渡そう」。親鸞像のお蔭で参詣の人絶えず・・坊主であるまじき欲が出て恐ろしい企て・・
蓮如にはさすがになすすべが無く、茫然悲嘆であった。この時、門徒の漁師堅田源右衛門は息子の源兵衛と相談をした。「われわれ日々生あるものの命を獲りて(漁師)世を渡る罪業深き地獄必定の身なれど、阿弥陀如来に助けられたやすく安養浄土にいたらせたまう身となった上は、如来大悲の恩徳は身を粉にしても報ずべし、師主知識の恩徳は骨を砕きても報ずべし、父上、私の首を差し出してくだされ」という息子の姿に父源右衛門は意を決し、源兵衛の首を打ち落とした。来春には嫁を迎えて孫の顔も・・断腸の思いだったでしょう。帰命無量儔如来・一刀の元に、バサーアアア可愛や可愛や、わが息子,急ぎ風呂敷包み三井寺に馳せ参じ生首を差し出した。僧徒は驚いたが首一つを見て叫んだ。「当山の注文は生首二つ、いまひとつの首は如何に!」
源右衛門は襟を正し、「いまひとつは粗末ながらこのわしの白髪首でござる」と。・・・・「師恩に報うるに身命を惜しまぬ心に感服した。もはや首に用はない。親鸞像はお返し申す」。
・・・・・・光徳寺には、今も源兵衛の23歳の首が安置されている。綺麗に上下の歯も揃って
当時参拝した多くの人々皆、スライド画像で説教聞き感涙したものです。一晩宿、本堂の頭骸骨の前で称名し感涙していたものです。
ご恩報謝の南無阿弥陀仏と言いながら何一つ捧げる事の出来ない愚老人です。如来様にこの悪人一人が為にお慈悲下され今は唯々行住座間に称名ご恩ばかりです。南無阿弥陀仏。

●re.2 admin 
毎日
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[ 673 ] Re2:御恩報謝の南无阿彌陀佛 2008/07/05 (Sat) 14:14 △up ▽down
愚老 様

私も、たいしたことできません。だからこそ、称名が与えられていることが、本当にありがたいのです。

この御恩報謝なら、なんとかできます。(それでも、とぎれてばかりなのですから、もっとむずかしければ、さらにできなくなってしまいます。)

そして、空いている時間を、この「御恩報謝の南无阿彌陀佛」に投じれば、人生が良くなる、ということを、私は肌で感じています。

後生だけでなく、現世も助けてくださる、すばらしい六字であると思います。

もちろん、「現世をよくする」ことを第一に思うのではなくて、報謝の気持ち、感謝の気持ちからお称えするようにするのですが、そうすると、結果的に、この人生が良くなってしまうと思います。

このことが、本当にすごいと思うのです。死後だけでなく、生きている間も、良くなると思うからです。

生きている間も、死んでからも救ってくださる南无阿彌陀佛だと思います。

ちょっと空いている時間にも、感謝ができる。

しかも、南无阿彌陀佛には、さまざまないわれがあり、その意味が、こもっています。

他の行をする必要もなく、時間があるならば、御恩報謝の南无阿彌陀佛をお称えすれば、それが最高なのであると、私は思っています。

すべての行がこもっており、すべての行に勝っていると思います。

源右衛門様、源兵衛様の御恩報謝、はじめてお聞きしたとき、私は、ビックリ致しました。そして、「自分には、そこまでできるだろうか?」考えました。

たぶん、無理だと思います。

だからこそ、こうして私でもできる口称念仏は尊く、また、源右衛門様、源兵衛様は、私など、はるかに及ばぬ尊い方だと思うのです。

血塗りの御聖教も、驚くべきことで、真宗の歴史には、篤信の方々がいらっしゃり、勇気付けられます。

尊い方々には、そのようなすごい御恩報謝ができますけれども、私にとりましては、この口称の南无阿彌陀佛、最勝の行だと思っております。

死んでからだけではなく、如来様は、生きている間、この人生のことも守ってくださることを、お伝えしたいのです。

南无阿彌陀佛



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