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[ 770 ] 「あて力にする」と「弥陀をたのむ」について
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2008/09/24 (Wed) 14:55
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よく、私は「あて力にする」と、親鸞会で聞いてきましたが、御文を探しましても、そのようなお言葉は出てきません。
このホームページ上の、「弥陀をたのむ」の場所のように、たのむ、たのみ、たのまん、のお言葉は、約六十箇所以上あると思います。
又、お願いするという意味とも聞いてきました。
【3572】2005/10/11 自信教人信 タイトル:「たのむ」 弥陀をたのむ。 私達の方からの言い方ではありません。阿弥陀様が、私達に向って言っている言葉です。
ジャンヌの過去ログの自信教人信様のお言葉にも書いてありましたが、
弥陀をたのむ、現在執筆中とのことですが、「を」に重点があるのですか?
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[ 771 ] Re1:「あて力にする」と「弥陀をたのむ」について
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2008/09/26 (Fri) 14:16
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菩提心 様
こんにちは。
「たのむ」というのは当時の意味合いでは今で言うところの「祈願請求」の意ではありません。
頼りにする、頼みにする、より所とする、ようなニュアンスです。 そのような観点から親鸞会様では「あて力にする」と言われるのだと思います。
ただ、大事なことはどちらの意味であっても、自力各別のたのみでは報土往生は不可であるということでございます。
蓮師は御文4-11において以下のように申されております。
『南無阿弥陀仏と申すは、いかなる心にて候うや。しかれば、何と弥陀をたのみて、報土往生をばとぐべく候うやらん。』
南无阿彌陀佛というのは如何なる心であるのでしょうか。どのように弥陀をたのんで報土往生を遂げるのでしょうか。と問われております。 続いて、以下のように言われております。とても大事なところです。
『これを心得べきようは、まず「南無阿弥陀仏」の六字のすがたをよくよく心得わけて、弥陀をばたのむべし。』
このように弥陀をたのめと申されております。 それを教えて下さるのが次第相承の善知識であります。 善知識の能は一心一向に弥陀をたのめと人を勧める所以です。
このように弥陀をたのむ衆生はどうなるのかといえば、続きにございます。
『弥陀をたのむ機を阿弥陀仏のたすけたまう法なるがゆえに、これを機法一体の南無阿弥陀仏といえるはこのこころなり。これすなわちわれらが往生のさだまりたる、他力の信心なりとは、こころうべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。』
他力のたのみ(南无/帰命)を心得られたことを喜びましょう。
南无阿彌陀佛
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[ 772 ] Re2:「あて力にする」と「弥陀をたのむ」について
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2008/09/27 (Sat) 08:25
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泥凡夫様
>他力のたのみ(南无/帰命)を心得られたことを喜びましょう。
はい、お陰様で、毎日、そこはかとない喜びに包まれています。
とても有り難いことだと思います。
ただ、私の知恵では、どうもうまく説明出来ませんので、そこの要を教えて頂きたくてお願いしました。
「南無阿弥陀仏」の六字のすがたをよくよく心得わけて、弥陀をたのみましたので、私は、何の心配もしておりません。
これで、泥凡夫様や毎日様に騙されても、そこには、法然上人、親鸞聖人、蓮如上人、あまたの有縁の次第相承の善知識様が迎えて下さると思います。
自分の心が変えられたのです。
私は、この道を有り難く進んでいけることに感謝しています。
お導き有難うございます。
南无阿彌陀佛
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[ 773 ] Re3:「あて力にする」と「弥陀をたのむ」について
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2008/09/27 (Sat) 09:32
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泥凡夫さま。 菩提心さま。 愚老のたわけた冗談お笑い下さい・ 季節は彼岸も過ぎ天高く愚老もメタポ?良い時節です、四季を通して一番好きな季節です・ 冬は全ての動植物は冬眠ですが,春は新芽が萌え、花が咲き、夏は暑い程成長し秋になれば全て収穫の時期です。蓮如聖人お文には菩提心様の(「南無阿弥陀仏」の六字のすがたをよくよく心得わけて、弥陀をたのみましたので、私は、何の心配もしておりません)弥陀をたのみ(田の実)私達,命を与えて支えてくれる米(田の実)申し候・・お笑い下さい・
五功思惟の苗代に、兆載永却のしろをして,一念帰命の種おろし、自力雑業の草をとり 念々相続の水を流し,往生の秋になりぬれば、この実(田の実、タノミ)とるこそ嬉けり。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。(親鸞聖人)お田植歌。
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